鳥取県の「ディープフェイク児童ポルノ」規制条例は違法か?

──顔だけ実在する児童の画像を巡る法的論点


2025年4月、鳥取県が全国で初めて、実在する子供の顔写真を使って生成AIでポルノ画像に加工するいわゆる「ディープフェイクポルノ」を、児童ポルノ禁止法の児童ポルノに含め、規制の対象とする条例改正を行いました。
日本には現在、ディープフェイクポルノを直接的に規制する法律は存在していません。その中で、こうした画像や動画を条例で「児童ポルノ等」と明記し、取り締まりの対象としたのは、今回の鳥取県が初のケースです。

しかし、この条例改正に対し、「児童ポルノの定義を逸脱しており、法律に違反しているのではないか」といった疑問を抱いた人も少なからずいるのではないでしょうか。

今回は、この条例が適法なのか、どのような法的論点があるのかを整理してみたいと思います。

条例の内容と新たな規制対象

条例では、以下のような行為が禁止されています。

  • 鳥取県内に居住・通学・通勤する青少年(18歳未満)の顔写真をAI等の技術で加工し、性的な姿態に見える画像・映像を生成する行為
  • 上記画像を他者に提供する行為、提供を求める行為

このように、条例は「顔が実在する児童であれば、身体は合成であっても規制対象となる」という点に大きな特徴があります。

しかし国の児童ポルノ禁止法は、「実在する児童の姿態を描写したもの」を対象としていることから、この条例が法律の範囲内と言えるかが論点となります。

(定義)
第10条 この章以下において「青少年」とは、18歳未満の者をいう。

9 この章以下において「児童ポルノ等」とは、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成11年法律第52号)第2条第3項に規定する児童ポルノ又は同法第7条第2項に規定する電磁的記録その他の記録をいい、生成AIその他の情報処理に関する技術を利用し、青少年の容貌の画像情報を加工して作成した姿態(当該青少年の容貌を忠実に描写したものであると認識できる姿態に限る。)を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録及びその記録媒体を含む。


(児童ポルノ等の提供の求めの禁止)
第18条の2 何人も、正当な理由がなく、青少年に対し、当該青少年に係る児童ポルノ等の提供を求めてはならない。


(児童ポルノ等の作成、製造及び提供の禁止)
第18条の3 何人も、児童ポルノ等の作成又は製造(県内に居住し、又は県内に通学若しくは通勤する青少年の容貌の画像情報を加工して作成した姿態に係る児童ポルノ等について本県の区域外で行われる作成又は製造を含む。)をしてはならない。
2 何人も、SNSの利用その他の手段により児童ポルノ等の提供(県内に居住し、又は県内に通学若しくは通勤する青少年の容貌の画像情報を加工して作成した姿態に係る児童ポルノ等について本県の区域外で行われる提供を含む。)をしてはならない。


第6章 罰則
5 次の各号のいずれかに該当する者は、30万円以下の罰金に処する。
(4) 第18条の2の規定に違反した者

鳥取県条例第34号 https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1378851/kaiseigozenbun.pdf

地方自治体の条例制定権とその限界

普通地方公共団体による条例は、法令と同一の趣旨・目的に基づき、かつその効果が法律の趣旨を阻害しない限りで、地域の実情に応じた一定の補完的規制(いわゆる「上乗せ」または「横出し」)を行うことが認められます。

「法律の範囲内」であることとは

条例が法律に違反するかどうかは、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによって判断すべきとされています。

◾️国の法令に明文の規定がない場合

その事項について特に規制を行わず放置するという趣旨のときは、条例で規制を設けたら法令に違反する。

◾️国の法令と条例が併存する場合

法令と条例の目的が別:法令の目的や効果を阻害しなければ法令違反とはならない。

法令と条例の目的が同じ:法令の目的が全国一律に同じ内容の規制を施す趣旨ではなく、各自治体の実情に応じて規制を施すことを容認する趣旨であれば、法令違反とならない。

【上乗せ条例】
国の法令で定める事項と同じ事項について、より厳しい基準を定めること(規制の強さ)
【横出し条例】
法律の規制対象以外の事項について規制を行うこと(規制の対象範囲の広さ)

横出し条例が違法とされた判例: いわゆる普通河川の管理について定める普通地方公共団体の条例において、河川法がいわゆる適用河川又は準用河川について定めるところ以上に強力な河川管理の定めをすることは、同法に違反し、許されない。(最判昭53.12.21)


条例は法律の範囲内といえるか

今回の鳥取県条例が法律の範囲内に収まっているかどうかについては、以下の2点から検討することができます。

1. 国法が「顔だけ実在」のディープフェイクを規制しない趣旨なのか?

児童ポルノ禁止法は「実在する児童の性的な姿態の描写」に限定して児童ポルノを定義しており、法務省も「架空の児童を描いた表現(漫画やアニメなど)」については法の対象外であるとの見解を示してきました。

しかし、「顔だけ実在で体が合成されたディープフェイク画像」が法の対象外であるという明文規定や明確な解釈指針は、現時点では示されていません。

加えて、こうしたディープフェイク画像は技術の進展により比較的新しく登場したものであり、法制定当初には想定されていなかった事態であるといえます。

したがって、このような画像を「放置する趣旨」で児童ポルノ禁止法が設計されているとまでは言えず、これを条例で補完的に規制することが、直ちに法令違反に当たるとは評価できません。


2. 児童ポルノ禁止法と鳥取県条例の目的の整合性

児童ポルノ禁止法の目的(第1条)は、次のように規定されています。

「児童に対する性的搾取および性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性に鑑み…児童の権利を擁護することを目的とする。」

一方、鳥取県青少年健全育成条例も、

「青少年のための良好な社会環境の形成を図り、健全な成長に寄与する」

ことを目的としています。

このように、両者はともに「児童の人格的利益を保護する」点で共通しており、目的の相違は見られません。

さらに、条例においては「実在する児童の顔をAI合成ポルノに使用し、あたかもその児童が性的行為に及んでいるかのように描写されることによる人格権・名誉権の侵害」を防止する目的で規制を行っている点に特徴があります。

つまり、児童ポルノ禁止法が「児童の性的搾取の防止」を目指す法律であるのに対し、条例は「児童の名誉・人格の侵害」を含めて広く権利保護を目的としており、立法目的としてはむしろ相補的です。

補足:「実在の児童と錯誤させる画像」も規制対象とすべきという考え方

顔が実在する児童の画像をAIで合成し、性的な姿態に加工した画像は、たとえ身体の描写が実在に基づかなくても、閲覧者に「この児童が性的行為をしている」と誤認させる効果を持ちます。

このような画像の流布は、児童本人に対して深刻な心理的ダメージを与えるだけでなく、社会的信頼・人格権を著しく毀損します。

したがって、実害の防止という観点からも、条例による規制には明確な必要性と合理性が認められるといえるのではないでしょうか。

結論

条例が法律と矛盾して違法となるのは、法律で禁止されていることを条例で認めたり、法律で定められた範囲を逸脱して明らかに矛盾する内容を含む場合です。

今回の鳥取県条例が定めるディープフェイク児童ポルノの規制は、現行の児童ポルノ禁止法が直接規制していない領域を、児童の人格的利益保護という観点から補完的にカバーし、地方自治体としてできる限りの対策を講じようとしたものであり、法の趣旨や目的と抵触していないというのが私の見解です。

むしろ、国の立法がディープフェイク技術の進展に対応しきれていない状況下において、地方自治体が地域の実情に応じて先行的に対処する姿勢は、地方自治の精神に則った意義深い対応と評価できます。

本来は国が取り組むべき課題

顔のみが実在の児童に由来するディープフェイク画像が、児童本人に深刻な被害を与えることが明白である以上、こうした画像も法的に規制する必要があります

そのためには、

• 法務省が現行法における解釈指針を明示すること

• もしくは新たに、児童に限らず全てのディープフェイクポルノを対象とした法整備を進めること

が求められていると思います。

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