ネットストーカーという言葉が、すっかり定着してきた今日この頃。書籍やテレビなどでもネットストーカーの手口や被害の実態が紹介される事が多くなった。その事により、自己防衛の手法を伝え、被害を予防する働きかけには基本的に賛成だが、やみくもに不安を煽るような紹介の仕方には疑問を感じる。可能性と現実性を明確に提示しない報道・著述は、あらぬ ところで2次災害を生む結果となるのだ。

その2次災害とは、未知のハッキングに対する過剰な不安症状である。ハッキングと言っても何もコンピューターに対することだけではない。あらゆる個人データに対する抜き取り行為のことだ。私は敢えて、こういった被害者を「過剰不安性症候群」と勝手に名付けることにした。


「可能性と現実性を明確に提示する」とはどう言うことかというと、現在の技術で可能とされるハッキング方法を解説する際には、それらが実際に起こりうる状況と可能性についても触れるべきではないかと言うことだ。例えば、メールの盗聴の可能性について語るとしよう。技術的に可能な方法が6パターン考えられるとして、それぞれのパターンが果たしてどれほどの技術と時間と条件を必要とするのか?そしてどうしておけば防御できるのか?を説明してあげる必要があるのではないか。その説明がないままに最先端の盗聴手法などを紹介してしまうと、技術的知識のないユーザーにしてみれば、単なるメールサーバーの不具合までもがネットストーカーによる盗聴ではないかと思いこんでしまうのである。事実、そういった思いこみを抱いて駆け込んでくる女性ユーザーが非常に多くなってきた。


つい先日、相談してきた主婦は、自宅の5台のPCすべてが遠隔操作されていると思いこみ自分で初期化してしまっていたのだが、それでもモデムやTAに侵入されているようだと語っていた。また、電話回線に繋がっていないマシンまでもが随時盗聴されていると信じ切っていた。さらに自宅の電話は盗聴器を使わない高度なプログラムにより盗聴されているということだ。私は一つ一つの可能性について長時間かけて説明したが納得してもらう事は出来なかった。彼女は彼女なりに著名な工学博士の話しやエシュロンなどの情報を収集しており、盗聴がいとも簡単であるかを知り、自分もそのターゲットになっていると思いこんでいるようなのだ。 そりゃ確かにエシュロンやカーニボーなどの全世界盗聴システムを使えば、不可能な話しではない。しかし、それは可能性の話しであって現実性のある話しではない。誰が何のために自分を付け狙うのか?そのストーキング行為を実現するためにはどれ程の費用と組織力を必要とするのか?もはや現実を冷静に見る余裕はなくなっている様子だった。

この主婦の例は、いささか極端なように思えるかも知れないが、少なくないのである。ここまでではないにしろ、こういった過度な不安を抱いて神経症気味に陥っているユーザーが目立ち始めたことは事実である。中には、本当に異常な方法によりストーキングを受けていて、警察も信用出来ないようなケースもあっただけに、私自身、頭ごなしに否定しないように心がけているが、大方の被害者の話は、真剣に聞いているとこっちまで洗脳されてしまいかねない勢いだ。(笑)


私は、こうした「過剰不安性症候群」の原因の一つは配慮の足らないストーキング・ハッキング手法の紹介にあると思っている。テレビ番組や新聞記事では放送時間や誌面の都合上、どうしても被害の内容や手口の紹介に重きを置いてしまいがちだ。確かに視聴者受けはするだろう。しかし一般 ユーザーにとって本当に必要な情報はストーキング・ハッキングの手法ではなく、そこから身を守る方法であり、どの程度、被害を受ける可能性があるのか?という情報ではないかと思う。残念ながら報道陣や編集者の方は、コンピューターセキュリティーやストーカー対策の専門家ではないために個々の技術に乏しい感が否めない。結果として漠然とした不安感だけを残す事になりがちだ。それらの問題を解消する上でも、専門家による「可能性と現実性」の補足説明が必要となるのじゃないかな。自分自身も今後はその辺りを充分に配慮してコメントして行こうと思う今日この頃であった。